空間的距離と心の距離 ― 『かくれた次元』

社会的距離という言葉が人口に膾炙して久しくなりますが、そもそもこの言葉はどこから来ているのでしょうか。
実は、社会的距離という言葉は、アメリカの文化人類学者エドワード・ホールが『かくれた次元』という著書の中で提示した、空間的な距離と対人関係との相関関係を4つのカテゴリーに分類したものに由来しています。

エドワード・ホールは下記のように分類しています。


1) 親密的距離(intimate distance)
相手と身体的接触が可能な距離で、家族や恋人のようなごく親しい間柄でのみ許される距離。
1―a)親密的距離―近接相(0~15cm)
愛撫、慰め、保護の距離。身体的接触の可能性が極めて高い。
1-b)親密的距離―遠方相(15~45cm)
頭部や胴体が直接触れ合うことはないが、手で簡単に相手に触れることが出来る。

2) 個人的距離(personal distance)
基本的には相手と非接触の状態を維持しているが、手を伸ばせば相手に届く範囲であり、個人的な交渉に適した距離。
2-a)個人的距離―近接相(45~75cm)
手を伸ばせば簡単に相手に触れたり、捕まえたり出来る距離であり、ごく親しい間柄でないと維持するのが難しい。
2-b)個人的距離―遠方相(75~120cm)
一人で手を伸ばしても届かないが、両方で伸ばせば触れ合うことの出来る距離。
身体的支配の限界。この距離までだと相手の表情の細かいところまで良く分かる。

3) 社会的距離(social distance)
身体的支配の限界を超え、個人的な交渉には適さないが、ビジネスには適した距離。
3-a)社会的距離―近接相(1.2~2.1m)
個人的でない用件、例えば、仕事上の打合せなどで良く使われる距離。
この距離に立って人を見下ろすと威圧効果が有る。
3-b)社会的距離―遠方相(2.1~3.6m)
相手の姿全体が良く見えるが、顔の細かい表情は分からない。
形式ばったビジネスシーンではこの距離が使われる。
この距離だと互いに隔離・遮断されるので、他人を気にせずに自分の仕事に集中出来る。

4)公共的距離(public distance)
相手の様子が分からなくなり、個人的な関係が成り立ちにくくなる距離。
一人が多数の人に講義をするような場面に適した距離。
4-a)公共的距離―近接相(3.6~7.5m)
この距離だと相手のことを考えずに自分本位に動きやすくなる。
講演会などでも途中退席しやすい。
4-b)公共的距離―遠方相(7.5m以上)
この距離だと表情や細かい動きが分からなくなり、個人的なやり取りが困難になる。
講演会や大教室の講義などでは良く見られる距離。

上記の研究成果は専らアメリカ人のサンプルに依っているので、他の地域や民族では距離に若干の相違が出るかも知れない、とエドワード・ホール自身は言っていますが、私たち日本人の実感も余り違いがない気がします。
空間的な距離の遠近と心理的な距離の遠近は比例しており、私たちは無意識の裡に空間的な距離を使い分けて対人的活動を営んでします。

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社会的距離というのは上記の3)に該当し、ビジネスに適した距離です。
また、2メートル以上間隔を開けて、というのは3-b)社会的距離―遠方相に該当しますので、どちらかと言えば形式ばったビジネスシーンに向いた距離になります。
よそよそしさを感じさせる距離ですが、淡々と仕事をする分にはストレスを感じにくく、楽かも知れません。
しかしながら、本来ならば個人的距離で親しさを実感したい間柄にもかかわらず社会的距離を強制されるとすれば、ストレスを感じるでしょう。

SkypeやZoomのような従来限られた場面で使用されて来た通信手段が日常的なビジネスに使用されるようになり、これが新たなストレスを産んでいます。
複数の理由が有ると思いますが、空間的な距離の観点から言えば、本来なら社会的距離に置いておきたい上司や苦手な同僚がモニター越しに個人的距離―近接相に侵入して来ることに起因していると思われます。

オンラインでのミーティングの場合、モニターまでの距離こそ個人的距離―近接相のレベルですが、得られる情報はリアルより遥かに劣るレベルの視覚的・聴覚的情報に限られるので、相手の言いたいことを正確に把握するのに疲れる、という話もクライエントから良く聞きます。
リアルの空間であれば、個人的距離―近接相で得られるはずの情報が、オンラインの空間では得られないことがストレスになっているようです。
例えば、紙の資料が無い、ということが落ち着かず、集中を欠く要因になっているみたいだ、ということも聞きます。
オンラインの場合だと、リアルな空間で得られる身体的な感覚が希薄になり、それが心の不安定さにつながるようです。

カウンセリングについては、リアルの空間で実施する場合には、個人的距離―遠方相を使っています。
この距離だと、近過ぎずに安全・安心感が担保されますし、遠過ぎずに親近感が得やすく、ラポールが築きやすいからです。
オンライン・セッションの場合には、個人的距離―接近相という距離は問題ないのですが、非言語的なサインが読み取りにくいので、その分、言葉のやり取りを丁寧にしています。
また、クライエントが身体にどのような感覚を感じているか質問するなどして、身体的な感覚が希薄にならないように留意しています。

現在のコロナ禍ではニュー・ノーマルが提唱されていますが、コロナ禍が終了すれば、空間的距離と心の距離の関係が自然でストレスの掛からない従来のノーマルが復活すると思います。

カウンセリングルーム・メイウッド

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