事件と歴史 ― 立高紛争の記録

高校時代の友人から本を出版したとの案内が有りました。
『鉄筆とビラ 「立高紛争」の記録1969-1970』という本です。

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1968年には全共闘による大学紛争の嵐が全国で吹き荒れましたが、翌69年には全国各地の高校が紛争の波に翻弄されました。
当時、私が3年生として在籍していた都立立川高校も10月下旬のバリケード封鎖を皮切りに半年間の長いトンネルに突入しました。

紛争当時は、自分が見聞きした範囲の情報しか分からず、事件の全体像が見えませんでした。
『鉄筆とビラ』では、立高紛争に際して飛び交ったぼう大なビラが時系列的に整理され、複数の人の眼で見直され、語られることで、事件の全貌が見えて来ます。
本書第2部では、それぞれの立場で関わった人たちが50年後の現在、当時を振り返った手記が掲載されていますが、洞察が鋭く、その正直な語り口には感動を覚えました。

これが正に事件が歴史になる、ということなのだと感じました。
だが、時間が経って新しい事実が発見されたり、新しいものの見方が出て来たりすれば、この事件についてまた別の解釈が生まれ、異なった歴史が語られるかも知れません。
それが本当に生きた歴史というものなのでしょう。

私自身はあの当時どうしていただろう、と、当時のノートを引っ張り出して、読み返してみました。
大雑把に言えば、私はノンポリで、各派の主張のいずれにも同調することなく、我が道を行く、という感じで過ごしていました。
しかし、あの時期、私の詩作と思索は活発で、精神的に大きな影響を受けていたことは確かです。

私にとっては紛争で飛び交った大きな、抽象的な議論よりも、身体感覚を伴った身近な問題の方が切実でした。
例えば、様々な対話を交わして来た信頼出来る友人が、紛争の影響で自己批判し、一人で考えたい、と言って私から離れて行ったこと。
うつで苦しんでいた別の友人に対して何とか力になりたいと心を砕いていたこと、等々。

第2部の手記の筆者の一人は、紛争後の数年「生きる屍」の如く漂流した、と書いていますが、私にとって立高紛争はトラウマになっていません。
それは、当時、紛争という大きな物語に飲み込まれず、自分自身の物語を生きたからではないか、と思います。

現在、私たちが直面している新型コロナウィルス禍。
渦中にいる私たちには事態の本当の姿がどうなっているのかが正確には見えません。
事実を正確に知り得ないところで、自分の行動を決めて行かなければなりません。
現在ののコロナ禍について全貌が明らかとなり、歴史として記述されるようになるまでには何十年かの時を待たなければならないでしょう。

今回、立高紛争の記録を書いた本書を読み、また自分のノートを読み返して感じたことは、こういう猛烈な嵐の中だからこそ、それに飲み込まれず、身体感覚を伴った自分自身の物語をていねいに生きることが大切なのだ、という思いでした。

カウンセリングルーム・メイウッド

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