愛について ~ カウンセラーの要件

愛という言葉は色々な場面でよく使われ、様々なニュアンスを持っています。
また、愛については既に多くのことが語られていますので、新たに付け加える目新しいことは無いかも知れません。
しかし、ここで私が愛というものをどのように捉えているかをまとめて置くのは意味が有ると思います。

カウンセリングの場で私がよくクライエントに伝えているのは、「愛とは無条件のOKである」ということです。
他の人を受け入れる際、「無条件のOK」と「条件付きのOK」とが有ります。
例えば、「大人しく言うことを聞くあなたは好きだけど、わがままなあなたはきらい」と言った場合、「大人しく言うことを聞くという条件付きのOK」になります。
それに対して、「無条件のOK」とは、相手がどのような態度を取っていても相手の存在そのものをそのまま受け入れることです。

無条件のOK.jpg

来室されたクライエントの多くは、「無条件のOK」を与えられた経験が無いか、または非常に乏しい。
言い換えれば、愛されたという実感を伴った記憶が欠落しているのです。
愛されたという記憶が無いと、自分を愛することが出来ず、自己肯定感が育めません。
愛された記憶、或いは、愛されている実感が有ると、自分自身を無条件にOKと感じることが出来ます。
それは自己への愛であり、自己肯定感であり、生きることへの安心感につながります。

カール・ロジャーズの言う「unconditional positive regard(無条件の肯定的配慮)」というのは、「無条件のOK」すなわち愛に他ならないと思います。

愛のもうひとつの大きな要素は相手本位であることです。
恋は自分本位に相手を求め、自分の思い通りにしたいと欲しまずが、愛は相手を尊重し、自由を与えます。

私の友人は大学時代から年上の女性と交際していましたが、就職して一年程経ったとき、彼女から「もし他に好きな人が出来たり、私に飽きたりしたのなら、別れてあげる。私は大丈夫」と言われたそうです。
それを聞いた友人は彼女の深い愛を感じ、彼女に求婚した、と語ってくれました。

エロスとロゴスという2つの対立する概念が有ります。
エロスは離れているものがひとつになろうとする力動で、恋のように理性の働きを麻痺させた情動主体の動きです。
一方、ロゴスはひとつにまとまったものを切り離し、分析的に理解しようとする理性的な力動です。
エロスからは「幸福な一体感」が得られますが、「自由」は奪われます。
他方、ロゴスからは「自由」は得られますが、「幸福な一体感」は失われ、両者はトレードオフの関係に有ります。

「自由」というのは一人一人の人が個として尊重されることによって生まれます。
個としての存在を担保された個人が再びひとつにつながることが出来れば、「自由」を損なうことなく「幸福な一体感」を得ることが出来るのではないでしょうか。
そうしたエロスとロゴスが統合された人間関係の在り方が愛と呼ばれるものなのではないか、と思います。

「幸福な一体感」という同じ表現を使いましたが、エロスのレベルで得られるものと愛のレベルで得られるものとは質的な違いが有ります。
エロスのレベルの「幸福な一体感」では強者が弱者を思い通りにしようという支配被支配の構図が隠れています。
弱者はそこで或る種の安心感を得ることが出来るかも知れませんが、自分の思い通りに動ける自由は有りません。
また、強者の方も弱者がいつ自分の言うことを聞かなくなるのではないか、という不安に付きまとわれ、心の自由が有りません。
それに対して、愛のレベルでは、対等で互いに相手を尊重する関係の自由な個人同士が自分の意思で互いに相手を選び合う、信頼に基づいた「幸福な一体感」が成り立ちます。

私は、この愛という要素がカウンセラーとして最も大切な要件だと考えています。
この要素は技法として教えたり教えられたりすることが出来ません。
それがカウンセリングの難しさであり、深さでもあります。

カウンセリングルーム・メイウッド


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