まほろばの喪失 ~空き家問題の向こう側~

私には一年に一回会って食事しながら歓談する旧友が何人かいます。
その中の一人に半年ほど前に連絡したところ、体調を崩したので、復調したら連絡する、との返事でした。
このほど、彼から連絡が有り、久しぶりに会うことが叶いました。

「体調を崩したとのことだが、どうしたのか」と聞いてみると、「胃腸を中心に全身がガクッと来たが、元々はメンタルから来ている」との返事。
「どんなことが有ったのか」と聞くと、「信州の家を壊した」とのこと。

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友人は中学時代の途中まで信州で育ち、その後、両親と共に上京し、以後、ずっと東京で暮らして来ました。
十数年前に両親を亡くした友人は信州の旧宅を相続しました。
その当時、旧宅には借家人が住んでいましたが、十年程前に、老朽化を理由に退去してもらいます。

友人はその後も老朽化した旧宅をそのまま残し、ひと月かふた月に一回程度信州に赴き、雑草取りなど旧宅のメンテナンスを続けて来ました。
しかし、ついに自治体から空き家処分の勧告を受け、取り壊しを決断するに至ったとのことでした。
いやいや決断した末の取り壊しだったのですが、果たして、取り壊した途端、気力が失せ、体調がガクッと崩れたそうです。

幼少時代を過ごした家というのは、その人の人格形成に関わる重要な要素を保っています。
また、両親の想い出を色濃く残す場所でもあります。
信州の旧宅に寝泊まりした時、友人は何とも言えない心の安らぎを感じたと言います。
おそらく、母の腕の中で守られているような感覚を得ていたのでしょう。
老朽化が進んで旧宅では寝泊まりせず、ホテルに泊まって旧宅を訪問するようになった近年は、「入院した親の見舞いに来たような気分だった」とのことです。

昨今、空き家が日本全国で急増しており、空き家が地域にもたらず弊害が頻繁に報道されています。
利用可能な空き家に対しては、有効活用すべく、自治体が空き家バンクへの登録を持ち主に呼び掛けているそうですが、登録を申し出る家主が驚くほど少ないとのことです。
その背景には、上述の友人のように、空き家に独自の情緒的な愛着を感じていて、他人に使って欲しくない、と思っている人も少なからずいるのではないかと思います。

「あそこは僕にとってまほろばだった」と友人は言います。
「タイムズからもアプローチが来ているが、当面、土地の再利用について具体的に考える気にはなれない」
友人の心は今なお、喪失感の海を漂っているようです。

友人の話を私は我がことのように聴きました。
私がカウンセリングルームとして使用している家は私が幼少時から育った実家です。
実家が現在住んでいる場所から近いため、仕事場として有効活用出来ている訳です。
でも、もし実家から遠くに住んでいるとしたら、友人のような悩みを抱えていたかも知れません。
現在、実家をまほろばとして仕事に活かすことが出来ている幸せを改めて感じました。

カウンセリングルーム・メイウッド

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