「今」は橋梁の時 ~人生と生活~

人生という言葉を聞いて何を思い浮かべるでしょうか。
今までに経験した過去の出来事を思い出す人が多いかと思います。
また、自分の将来について思いを馳せる人もいることでしょう。
しかし、人生という言葉を聞いて、今この時のことを思う人は少ないのではないかと思います。

今この時に自分が直面している出来事。
それは具体的で圧倒的な力を持っていますので、私たちはそれに取り組んでいる時、そのことに集中しており、人生ということに思いが及びません。
今この時、私たちは人生ではなく、生活を生きています。

人生というのは、誕生から死に到るまでの航海、すなわち、この世の生き方です。
それに対して、生活というのは、人生の航海をする上での日々の営みです。
日々の営みである生活の軌跡が人生になります。

企業活動に譬えれば、企業のミッションや事業のビジョンに当たるのが人生であり、そのミッションやビジョンを実現するための実務が生活に当たります。
人は必ずしも計画的に生きるものではありませんが、強いて言えば、人生はグランド・デザインであり、目的であり、生活は手段であり、戦術である、とも言えます。
生活は具体的ですが、人生は抽象的です。
具体的なことは比較的考えやすいのですが、抽象的なことはなかなか考えにくいものです。

宗教の目指すところは、悟りであったり、魂の救済であったり、心の平安と幸福であったり、と本来抽象的で、人生レベルの課題です。
ですが、多くの人は、「困った時の神頼み」というように、具体的な生活レベルの問題で、宗教を身近なものと感じる傾向が有ります。

カウンセリングの場合にも似たような傾向が有ります。
人生のレベル、この世の生き方のレベルで本当の原因が有っても、症状は生活のレベルでの問題として現れます。
健康の問題、人間関係の問題、仕事やお金に関する問題など。
メイウッドに来室されるクライエントのほとんどは、生活レベルでの問題に耐え切れず、カウンセリングを受ける決断に踏み切った方たちです。

クライエントには大別して2つのタイプが有ります。
ひとつ目は、1回ないし2、3回のセッションを受けて症状が改善するとカウンセリングに来なくなるタイプです。
これはおそらく、カウンセリングを、病気になった時に医者にかかるのと同じように医療モデルとして考えているのだと思われます。

もうひとつは、症状が改善し、セッションで気付きを得ると、それをきっかけに自分の人生の問題を考えてみたいとしてカウンセリングを継続するタイプです。
こちらは、カウンセリングを学びの場として捉える教育モデルの考え方かと思います。

私としては、カウンセリングを生活上の問題の対処療法としてだけでなく、自分の人生を見直す機会として積極的に活用して欲しいと思っています。
生活の質を上げるためには、人生の視座で観て、生きる方向性を定めることが必要だからです。

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今という時が人生の中でどのような位置付けに在るのかが見えて来れば、生活への取り組み方も自ずから変わり、生活の質が上がります。
そして、今を生きる生活の質が上がれば、その積み重ねである人生もまた充実したものとなります。
今という時は、人生と生活を結ぶ橋梁なのです。

カウンセリングルーム・メイウッド

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