戦時下のバグダッド ~本当の姿はいかに~

1981年の始め、イラン・イラク戦争の初期の頃、バグダッドに出張で訪れたことがあります。
当時、イラク航空以外の航空会社はバグダッド発着便の運航を停止しており、私たちはパリ経由イラク航空機でバグダッドに入りました。
戦時下の首都というと、灯火管制が敷かれたり、夜間の外出が控えられたりしているのではないか、と予想していました。
しかし、実態は全くそうではありませんでした。

バグダッド.jpg

私たちはバグダッド滞在中、夕食を街中のレストランで取りました。
スイス・フォンデュが美味しかったことを覚えています。
夜のバグダッドの街は、もちろん日本の街ほどではありませんが、十分に明るく、数多くの市民が普段通りに出歩いていました。

その光景を見ていると、平和で、とても戦争をしている国の首都とは思えません。
それは、時のサダム・フセイン政権が、市民の心の安寧を図るために、敢えて普通の状態を装ったものだったようです。

現場の仕事で長期間滞在している同僚の話では、イラン軍の空襲が何回か有ったとのこと。
ゴーッとイラン機が飛んで来る音は怖かったけれど、爆弾が落ちたところは遠くで、花火のようにきれいだったそうです。

おそらく、日本の新聞報道を読むと、現地の市民は空襲に怯えながら暮らしているように思えることでしょう。
実際に、イランとイラクは戦争状態にある、という事実があります。
一方、現地では、戦争など無いかのように市民が生活している事実があります。
両方とも事実なのですが、自分の立ち位置によって、その片方しか実感として認識することが出来ません。

戦時下でない、普段の日常生活でもそうしたことは良く有ると思います。
傍から見ると大変危なっかしい状態なのに、本人は全く気付かず、のほほんとしている、とか。
逆に、本人はびくびくしながら過ごしているのに、周りから見ると、洋々とした可能性が開けている、ということも有るかも知れません。

人は自分の視界に入るものを事実と認識しますので、他人の言うことがなかなか素直に信じられません。
自分で自分の状況を客観的に見ることが出来れば良いのですが・・・・。

実は、自分の状況をたやすく客観的に見ることが出来る方法が有ります。
それが箱庭療法です。

箱庭を夢中になって制作していると、無意識のうちに自分自身がその中に投影されて来ます。
制作後、箱庭を俯瞰していると、そこに自分自身の姿が見えます。
砂箱の中に置いた特定のひとつのミニチュアが自分を象徴していることもあれば、複数のミニチュアが自分の様々な部分を象徴していることもあれば、箱庭全体が自分を象徴していることもあります。
いずれにしても、今までにない余裕を持った視座で自分自身を観ることが出来ます。
そして、自分を取り巻く状況も見えて来ます。
それはとても面白い経験です。

カウンセリングルーム・メイウッド

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