生きる喜びとは? ~キャリアカウンセリングの存在意義~

前回、無人島でのシンプルな生活について書きましたが、今回は改めて、無人島での生活と私たちの現代文明社会での生活との違いを考察してみたいと思います。

無人島での生活は自給自足です。
従って、食べるものを始めとして、そこでの生活に必要なものを全て自分で生産する必要が有ります。
働くことは自分(及び家族)の生活に必要なものを生産するために当たり前の活動なので、「何故働くのか?」という疑問が入る余地が有りません。

自分が働いた成果は直ぐ現れます。
自分が作った(或いは、獲った)ものを食べておいしければ、そして、食べた家族の笑顔を見れば、仕事の苦労が報われ、喜びを感じます。
また、自分の仕事のスキルが上がれば成果も大きくなるので、成長を実感出来ます。
そこでは、働くことそのものが生きる喜びに直結しています。

553223390.523678.jpg

無人島での生活では「生産者」=「生活者」であって、「消費者」は存在しません。
生産に携わる時間は膨大であるのに対し、成果物を消費する時間はほんの一瞬です。
従って、無人島では生産活動そのものに生活が有り、人生が有ります。

一方、現代文明社会では、「生産者」と「消費者」とがはっきりと分かれています。
「消費者」は生身の身体を持った個人であるに対し、「生産者」は多くの場合、複数の人が複雑に関わったシステムで構成されています。
そこでは、「生活者」という概念はむしろ「消費者」の立場で捉えられています。
食べるという消費行動の方が、より自分の身体に密接に関わった生活である、というのが実感だと思います。

生きることの喜びを「生活者」としての喜びと捉えた場合、それは現代文明社会に於いては「消費者」としての喜びということになります。
しかし、消費行動によって感じる喜びは一瞬で過ぎ去ります。
喜びを感じ続けるために消費に消費を重ねますが、永遠に心が満たされることは有りません。

都市部に住み、「消費者」=「生活者」としてのアイデンティティを持った人の多くは何らかの生産活動に携わっています。
しかし、ほとんどの人は間接的な形でしか生産活動に関わっていません。
接客に携わっている人を例外として、ほとんどの人は自分の顧客の顔を見ることも有りません。
ですから、現代文明社会では生産活動(仕事)で喜びを感じることが難しいのです。

無人島では「生活者」=「生産者」ですから、自分の生活の質を上げるためには「生産者」として自助努力をすれば良いだけです。
しかし、現代文明社会では、ひとりの人間の中で「生産者」と「生活者」が乖離しています。
そこでは、生活の質を上げるために二つの方向からのアプローチが必要になります。

ひとつは「消費者」としての生活の質を上げるために、生産者に安全・安心で質の高いものを生産してもらえるように働きかけることです。
顔の見える生産者が作ったものを直接購入することで、購入したものに対する評価を直接生産者にフィードバックし、より良いものを作ってもらうように要求することが可能になります。
そして、生産者がその要求を叶えてくれた時、「消費者」はコミュニケーションが成立したと感じ、単なる消費を超えた喜びを感じることが出来ます。

もうひとつは「生産者」としての活動から喜びを得るための方策です。
「何故働くのか?」という問いがここで出て来ます。
自分や家族の生活を成り立たせるためのお金を稼ぐため、
社会の役に立つため、
自分自身が成長したいため、
それとも・・・。

人によって答えはそれぞれでしょう。
それによって、どのような働き方をすれば喜びが得られるのかが違って来ます。
人間の生活の中で生産活動(仕事)に関わっている時間は長く、また、仕事から得られる喜びには精神的要素が大きいので、働き方の見直しは深掘りする甲斐が有るテーマです。
キャリアカウンセリングの存在意義は人生の喜びの追求である、と言っても過言ではないでしょう。

カウンセリングルーム・メイウッド

この記事へのコメント