文化と洗脳 ~誰のためのサービスか~

マクドナルドのようなファストフード店に行くと、カウンターで注文し、購入した商品を自分で席に運び、食べた後でトレイを返却場所に置いて店を出ます。
私たちはこの一連の流れをセルフサービスである、と認識しています。

McDonald.png

ところが、欧米のマクドナルドでは、商品を購入して席に運ぶところまでは共通していますが、客は食べた後のトレイはそのまま席に置いて退出します。
そして、店のスタッフがトレイを片付け、テーブルをきれいに拭いて、次の客に備えます。
セルフサービスの流れは客がカウンターで購入して席で食べるところまでで終了しています。

客にとってみれば、食べ物を手に入れるまではセルフサービスで動く動機付けが有りますが、食べた後のトレイを片付けることについては積極的な動機が有りません。
また、食べた後でテーブルが汚れているような時、客が自分でトレイを片付ける場合には、店側がその汚れに気付くのが遅くなりますので、店のスタッフが後片付けをするのは、その意味でも顧客に沿った合理的なサービスと言えます。
日本でも、ホテルのビュッフェは同様のシステムで運営されています。

それでは何故、日本のファストフード店では後片付けまで客にさせるセルフサービスが定着したのでしょうか。
ひとつは、日本にファストフード店のシステムを導入した経営者がスタッフの省力化をして経費節減をするために、後片付けを客に委ねる流れを思い付いたからです。
もうひとつは、「立つ鳥跡を濁さず」という当時の日本人の公徳心がそのセルフサービスの流れを抵抗なく受け入れたからではないかと思います。

このようにして日本に於けるセルフサービスの文化が根付いて行きます。
文化というのは、人々が、そのようにしていると心地良く感じ、自然に取り入れている行動様式です。
しかし、日本のセルフサービス文化は本来、企業経営者側の経済合理性から発想されたものでした。
とすると、私たちはものの見事に洗脳されてしまった、と言えるかも知れません。

内側に留まっている限り文化としてしか感じられないものが、その文化の外側に出た時、初めてそれが洗脳かも知れないということが見えて来ます。
このことは、日本の文化を海外に輸出しようとする時に重要な視点を提供します。

日本では立ち食いそばがポピュラーです。
椅子が無いので狭い場所でも多くの客を収容でき、座らないので滞在時間が短く、安い客単価でも収益を挙げられる、店の経営者にとって合理的なシステムです。
一方、客にとっても、時間もお金も乏しい中で、安い値段で、素早く食べられるシステムは歓迎すべきもので、合理的でした。

昨今では、イタリアンやフレンチでも立ち食い系の店が繁盛しています。
これも店側の経済合理性のみならず、客側の「早い」「美味い」「安い」というニーズに合った合理的なサービスを提供しているから支持されたのでしょう。

しかしながら、こうした立ち食い系の店が海外進出した時、立ち食い文化を定着させることに苦労していると聞きます。
その国の人々が、時間が無くて素早く食事を済ませたい、と思っているのでしたら、立ち食いが合理的なサービスとして受け入れられるかも知れません。
が、もしそうでなかったら、立ち食いのメリットを理解することは難しいと思います。

外国で新しいサービスや文化を根付かせるためには、その国の人々の生活習慣やものの考え方を良く知る必要が有ります。
その上で、そこで受け入れられ易いサービスシステムにリフォームして、それが良いものだと人々を洗脳する必要が有ります。
文化というものは輸出するものではなく、環境に合わせて常に再創造して行くものだと思います。

カウンセリングルーム・メイウッド

この記事へのコメント