正体の分からない不安と向き合う ~リスナーの存在意義~

我が家のブルーベリーが収穫期を迎えました。
青紫色に熟した実が点在しています。
しかし、多くの実は未だ小さく、薄いピンク色をしています。
そして、青くなりかけの実もちらほら見えます。

このブルーベリーの実の変容の有り様は、身体が感じた体験が徐々に姿を現して思考や感情となっていく過程を連想させます。
青紫色に熟した実は、明確化されて、言葉で言い表せるようになった思考や感情。
しかし、その奥には、多くの原体験が未熟のまま眠っています。
ふだん、人は「未熟な原体験」の存在に気付かずに生活しています。
けれども、「未熟な原体験」は知らず知らずのうちにその人の生活をコントロールしています。

「未熟な原体験」はそのままだと、姿が見えず、正体が分かりません。
人はしばしば正体の分からないものに不安や恐怖を感じます。
本当はその正体の分からないものは自分の中に在るのに、人はそれを外に見る方が楽なので、恐怖の原因を他者に投影して見てしまいがちです。
他者は目に見えるので怖さが薄まり、攻撃しやすくなるからです。
しかし、他者をいくら攻撃しても自分が感じている不安や恐怖は無くなりません。
不安や恐怖の原因は外の世界に無いからです。

前回ご紹介したフォーカシングは、この「未熟な原体験」に焦点を当てて熟させて行くプロセスである、と言うことが出来ます。
フォーカシングに入っていくひとつ目の入り口は気になる人や気になることを思い浮かべることですが、これは自分が他者に投影しているものを改めて自分の中に引き戻すプロセスです。

focusing.jpg

自分の中で「未熟な原体験」を体感覚として捉え、それに馴染んで来ると、それが自然に自分の一部として受容出来るようになって来ます。
最初に感じた嫌な体感覚は比較的心地よいものへと変化します。
そうすると、正体の分からない不安や恐怖は解消されます。
身体感覚と心が調整されることで、外部の環境が対処し易く感じられるようになって来ます。

このように、フォーカシングはシンプルで良い方法なのですが、実際のところ難しさも有ります。
正体の分からない不安や恐怖を強く感じている人ほど、それを体内に引き戻すことに抵抗を感じるのです。
そのため、フォーカシングをする人(フォーカサー)の不安を和らげるために、フォーカサーの援助をする人(リスナー)の存在が重要になって来ます。

リスナーの第一の存在意義はフォーカサーと共にいることです。
人は一人では怖くて出来ないことでも、信頼出来る人が傍にいてくれると安心してすることが出来ます。
フォーカサーはリスナーが一緒にいてくれることによって、「未熟な原体験」と向き合う勇気を得るのです。
ですから勿論、フォーカサーとリスナーの間には信頼関係が必要です。

リスナーは水の中に潜っているフォーカサーの命綱を握っている人と例えても良いと思います。
命綱を握っていてくれる人がいると思えれば、フォーカサーは安心して深く潜って行けます。
時にはフォーカシングの最中にフォーカサーが金縛り状態になってしまうことがあります。
このような時、リスナーが「大丈夫ですよ」と声を掛けるだけで、フォーカサーはパニックにならずにセッションを続けることが出来ます。

リスナーの役割としては他に、フォーカサーの言ったことを伝え返したり、質問したりしてフォーカシングの促進を援助することが挙げられますが、そうした技術的なことは二義的であり、第一の役割は上述したように信頼関係を持ってフォーカサーと共にいることです。
そして、このリスナーの存在意義はそのまま、クライエントに対するカウンセラーの存在意義にも当てはまります。

カウンセリングルーム・メイウッド



この記事へのコメント